【ネフさん! さようなら! ネフ社の創始者 クルト・ネフ氏 逝く】




去る2006年11月30日の夕刻(日本時間12月1日早朝)、クルト・ネフ氏はスイスのZofingen市の病院で静かに永遠の眠りにつかれました。(享年80)

79歳を迎えられた昨年の初夏に発病、でもその年の6月にお会いしたときは『もう高齢だし心配はしていない。これからは病気とゆっくり付き合ってゆく。日本にも、もう一度行きたいし。』とおっしゃっていたので、私も病気のことは余り重くは受け止めませんでした。翌年80歳を迎えるにあたり、ネフ氏の本をつくる企画があり、話題はむしろそのことが中心で、ネフさんは生き生きと輝いて見えました。

1年が過ぎた今年の5月、ネフ氏80歳のお誕生日を祝う会がBaden市の歴史のあるレストランで催されました。ネフ氏の本の出版を記念してBaden市のこども美術館(Kinder Museum Baden)で開かれたネフ展と日を合わせて開催されたパーティには、ネフ氏の親しい友人や家族が大勢集まり祝福しました。ネフさんは幸せそうで、また一段と輝いて見えました。

しかしそのときには、すでに病気が進行していることを、親しい周りの人達は知っていました。6月からは一進一退の状態が続きました。
そして『僕はおもちゃのウィルスに取り憑かれたみたい。』と冗談交じりに、自分の体調が弱ってゆくことを伝えたFAXが届くようになりました。周りの人からの報告も、病状の悪さを伝えるものばかりでした。

『主人が喜ぶから是非会いにきて。』との奥様の言葉が届いたのは11月18日、私は翌日すぐに、スイスへ向いました。病室のネフさんは思っていたよりお元気で、二人だけで40分ほど静かに話し合いました。でもそれは、その時だけの状態だったということがすぐわかりました。翌日からネフ氏は、とても深い眠りと目覚めたときの短い対話の繰り返しの中で、少しずつ少しずつ、旅立ちの心がまえをしていらっしゃる様に見えました。最後まで毅然とした振る舞いの中に、決してエレガントさを失わない素敵なネフ氏でした。

11月22日朝、帰途に付くため最後のお別れに病室を訪ねました。これでもう会えないとお互いに心の中で判っているだけに、つらいお別れになりました。

ネフ氏の業績はこれからも次世代に受け継がれてゆくことでしょう。
ネフ氏との35年前の出会いがなければ、ニキティキは生まれなかったし、ニキティキの35年の積み重ねも無かったと思います。

日本と日本人が大好きだったネフさん!私達はあなたから沢山の事を教えていただきました。本当にありがとうございました! 心からご冥福をお祈りいたします。 (TN記)





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