1957年に創設された
ヴァルター・ヴェルナー工房で生まれるミニチュア人形の数々はエルツ山地の歴史を物語っています。父親ヴァルター(1931-2008)は、この地の歴史的文化遺産を守っていく使命があると考え、昔ながらの手作り、手描きにこだわってミニチュアの制作に精魂を込めました。木の他に、紙、フェルト、皮などを使用、絵付けにも細心の注意を払って、史実に忠実な作品を制作することを心がけました。彼が生涯のテーマとして選んだのは、鉱山が隆盛をきわめたバロック時代とエルツ地方の鉱夫達のパレードです(写真4)。これらの作品はいくつかの美術館にも買い上げられています。
かつてこの地で栄えた錫鉱山の採掘の様子、鉱夫たちの出で立ちや彼らの使った道具の数々、鉱山と深い結びつきにあった専門職人の様子も、ヴァルターの人形たちは正確に伝えています。また各時代に行われたパレードの衣装の移り変わりを克明に再現した人形たちや、
巻き上げ式ピラミッドなどを、芸術作品の域にまで高めています。その他にも15〜16世紀の絵画、古い文献のなかから題材を見つけ、ハンター、小鳥売り、おもちゃ売りなど、エルツ山地のなつかしい風物やキリスト聖誕の情景などをミニチュアで再現しました。
ヴァルターは生前、ミニチュア作品だけでなく、ザイフェンの歴史の研究にも取り組んでいました。2000年に『ろくろで再現した歴史 鉱夫と貴族(Gedrechselte Geschichte)』(Eberhard Waechtlerと共著、2005年に第二版が出版)、2007年には『ザイフェンの800年(Seiffen in acht Jahrhunderten)』を上梓(どちらもテキストはドイツ語)。この2冊の書籍では、ヴァルターが生涯をかけて制作した作品と当時の史実が紹介されています。ミニチュアの人形や風景、ザイフェンの産業や日常の暮らしを見事に再現した彼の作品の集大成です。この作品群を前にすると、絵や写真で見るのと又違った形で伝わってくる暖かい雰囲気に引きこまれます。ヴァルターの世界に惹かれ、感慨を覚え、暖かい気持ちになります。また彼がドイツを、そして故郷の村を深く愛し、誇りに思っていたことが伝わってきます。この作品群は現在、彼の工房の一室に展示されています。2冊目の本が完成し世に出たことを見届けた後、ヴァルターは終生、愛し合った家族に見守られ、永遠の眠りにつきました。ザイフェンの街の名士、市民の誇りであったヴァルターの功績は、今後も長く語り継がれる事でしょう。
三男のジークフリードは1981年にこの仕事に就き、1988年に玩具製作のマイスター資格を取得。1999年に父ヴァルターの仕事を引き継ぎその工房を守り、現在は7人のスタッフと、美しいミニチュアを世に送り出しています。小さい頃から父の仕事を手伝ってきたジークフリードは、強制されたわけではないのに、気付いたら自然に父の工房を引き継ぐことになっていたと、尊敬する父親の作品を前に語ります。工房の展示室の飾り棚に、ジークフリードが子供の頃に制作した作品が大切に飾られています。そのうちの一つ、11歳の時に作ったミニチュアの夫婦の顔は見る人の心をなごませる素敵な雰囲気を持っています(写真8)。現在の彼の力量を父ヴァルターはその当時きっと見抜いていたのだと思います。